広島地方裁判所 昭和49年(ワ)146号 判決 1978年1月20日
原告 株式会社 平安住宅
被告 国
訴訟代理人 堂前正紀 谷本義明 小下馨 森田忠信 ほか四名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 別紙目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 答弁の趣旨
主文一、二項同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は原告の所有である。被告は右土地を道路として一般の用に供し原告の所有権を侵害している。
2 右所有権取得の経緯は次のとおりである。つまり、本件土地はもと訴外古森富治男外三名の共有であつたが、昭和三三年四月一六日訴外柿出正一において単独で買受けて同年八月二九日同所有権移転登記を受け、次いで、訴外柿出は訴外中村一郎に譲渡し、同中村は訴外増田登に譲渡し、登記は中間省略で昭和四六年一月二三日右増田登に所有権移転登記がなされ、そしてその後、昭和四九年一月二三日原告において訴外増田から代金一〇〇万円で買受け、翌二四日同所有権移転登記を受けるに至つているものである。
3 よつて、本件土地について被告に対し原告の所有権確認を求めるため本訴に及んだ。
二 請求原因に対する被告の認否および抗弁
1 本件土地がもと訴外古森富治男外三名の所有であり、本件土地につき原告主張のごとき登記のなされていること、被告が本件土地の一部を道路として供用していることは認めるが、原告その余の主張事実はすべて争う。
2 本件土地は、次に述べるような経過により訴外広島市(以下単に広島市という)の所有であるが、被告は、昭和四一年一〇月ころ国道二号線西広島バイパスの道路区域とするため広島市から本件土地の約北半分の使用の承諾を得(使用貸借)、その後、被告が起業者として右土地を含む同バイパスを建設し、昭和四六年八月一〇日付建設省告示で供用開始の公示をなし、翌一一日から右道路としての供用を開始し現在に至つている。
本件土地は、もと広島市古江西町七四三番二原野二畝二四歩(以下七四三番二の土地という)と七四四番原野八畝一五歩(以下七四四番の土地という)の一部であつた。七四三番二、七四四番の土地はいずれももと訴外古森富治男外三名の共有であつたが、昭和三二年一二月一六日、訴外柿出正一、同松重ハナ、同山本饒、同石川弘之、同石川勝美、同広田セキヨの六名が共同で買受けて所有権を取得し、昭和三三年八月二九日登記名義のみ右柿出正一単独とする所有権移転登記がなされていたものである。そして、昭和三三年一〇月、七四三番二および七四四番の土地のうち本件土地に該当する部分を広島市において道路用地として右柿出外五名の所有者から寄付を受けてその所有権を取得するに至つているものである。広島市は地元民の要望にそつて従来からある被告所有の旧農道(幅員約一・五メートル、延長一七六メートル)につき幅四メートルの拡幅工事を行い、昭和三三年一二月ころから本件土地を含む右拡幅した農道の供用を開始していたものである。
なお、七四三番二の土地は、昭和三六年一一月一〇日同番二、同番三に分筆登記され、そして前者は昭和三七年一二月一五日七四四番と合筆登記されたうえさらに、七四三番二(本件土地)、同番四ないし六に分筆登記されたものであるが、本件土地は柿出正一外五名から寄付を受けた範囲と一致する。
3 原告は、本件土地を訴外古森ら四名から訴外柿出正一が単独で買受けて後、訴外中村一郎、同増田登、次いで原告と各譲受けて所有権を取得したものである旨主張しているが、本件土地は、訴外柿出らの要望で広島市において道路用地として寄付を受け、その後、農道(認定外道路)として、また、一部西広島バイパスとして現に使用またはその使用を予定されていた状況にあり、右訴外柿出、中村、増田、原告らにおいてこのことは十分知悉しながら偶々広島市に登記のないのを奇貨としてこれにより利を得ようと目論み、右各譲受登記(訴外中村一郎は売買予約による所有権移転請求権仮登記を受けているのみである)に至つているもので、これら各譲渡行為は右訴外柿出、中村、増田および原告らの通謀による虚偽表示であつて無効なものである。
4 右原告主張の各譲渡行為がかりに通謀虚偽表示によるものでないとしても、原告および右訴外人らは右各事情等からしていわゆる背信的悪意者というべきであり、その各登記をもつて所有権取得を広島市および被告に対抗できない。
5 また、かりに右各主張が理由がないとしても、広島市は、本件土地につき昭和三三年一二月から善意無過失で占有をはじめ、爾来所有の意思をもつて平隠かつ公然と昭和四三年一二月まで一〇年間占有を継続しているから時効により右所有権を取得している。
6 なお、本件土地がかりに広島市において寄付を受けた当時農地であつたとしても、広島市は以下述べるような理由で農地法所定の県知事の許可なくして右所有権を取得することができる。つまり、まず、農地法が対象とする農地は現況主義に基礎をおくものであつて、農地の売買契約後に買主の責に帰すべからざる事情によつて農地が農地でなくなつた場合は農地法の右許可なくして土地売買の効力が生ずるものと解されるところ、本件土地は、柿出ら六名が温泉の出ることを予想し、附近一帯が将来宅地化されることを前提に地価の高騰を図るなどで自己の利益のために、地元関係者らと広島市に数度にわたり農道拡幅の陳情をなした結果、広島市も本件寄付を受け、同市の失業対策事業として道路工事を実施し、間もなく拡幅した農道の供用を開始するに至つたものであつて、本件土地の取得および非農地化は全く広島市の責めによらないものであり、したがつて、右農地法所定の県知事の許可なくしても右所有権を取得しうるものというべきである。また、かりにそうでないとしても、農地法五条一項四号に基づく農地法施行規則七条六号では、地方公共団体が河川又は道路等に供するため農地を買収する場合は許可を要しないこととなつている(本規定は昭和三七年六月二九日農林省令第三一号改正により追加)ものであるところ、本件寄付は所定の県知事の許可を法定の条件として有効に成立しているものであり、かつ、その条件は、右農地法施行規則の改正追加により条件成就したものというべきであるから、さらに県知事の許可を要せず(最早県知事の許可を得る途はない)本件所有権を取得するに至つたものというべきである。
三 被告の抗弁に対する原告の認否および再抗弁
1 被告の抗弁事実はすべて争う。
2 本件土地を被告主張のとおり柿出ら六名が共同で買受けたものとしても、松重ハナ外四名はその所有権を、柿出正一に信託的に譲渡して同人の単独名義に所有権移転登記をしていたものであり、またさらにその後の中村一郎、増田登への譲渡行為が被告主張のとおり通謀虚偽表示によるものとしても、これらの登記が真実のものであると信じて買受けた善意の原告としては、民法九四条二項の法理により、本件土地の所有権を取得するものというべきである。
3 なお、被告は柿出正一のほか松重ハナ外四名も共同で買受けたと主張しているが、本件土地は当時農地で県知事の許可なくしては松重ハナ外四名は所有権を取得する筈がなく、したがつてまた、これらからかりに寄付を受けても広島市も所有権を取得しない。
四 原告の再抗弁に対する被告の認否
原告の抗弁事実をすべて争う。
第三証拠 <省略>
理由
一 本件土地がもと訴外古森富治男ら四名の所有であつたこと、本件土地につき原告主張のごとき各登記がなされていることは当事者間に争いのないところである。
二 そして、右争いなき事実のほか、<証拠省略>、弁論の全趣旨を総合すると、(一)本件土地を含む後記分筆、合筆等以前の広島市古田町古江字地明(旧表示)七四三番二田二畝二四歩(八四坪)(以下単に従前の七四三番二という)と同じく右分筆合筆等以前の同所七四四番田八畝一五歩(二五五坪)(以上合計三三九坪)は、もと訴外古森フミコ、同古森富治男、同古森昌滋、同古森快衛らの共有であつたが、同古森フミコらは家の修理代に困つたことなどから右田二筆を他に売却処分することとなり、昭和三二年一二月六日、訴外柿出正一、同松重ハナ、同山本饒、同石川弘之、同石川勝美、同広田セキヨら六名は右値上りで他に転売でもして利を得ようと考え、共同で出資し持分平等ということで右田二筆三三九坪をその代金六七万八、〇〇〇円(坪二、〇〇〇円)で右古森らからともに買受け、ただ登記名義のみは、地目が農地であり、かつ松重ハナとともに右売買に中心的に関与していたことから農業専従者柿出正一の単独名義とすることとし、昭和三三年八月二九日右柿出正一に所有権移転登記を了し、なお右売買契約書原本は松重ハナが保管することとして今後の転売、利益分配等は松重ハナが重に責任をもつて采配することとした、(二)、ところが、右買受当時ころ右買受土地にはその西側に幅約一メートル程度の狭隘な被告所有の農道があつたのみでその土地利用上はなはだ不便であつたことから、昭和三三年二月ころより地元代表者訴外定森喜代三らを介し柿出正一らも参画して広島市に右農道拡幅整備の請願運動をなし、広島市としては右道路敷の買収をしてまでは道路拡幅、新設等をしない建前であるがその敷地の寄付が得られれば応じてもいいということで、昭和三三年一〇月ころ、右柿出正一ら六名もその将来のため右買受土地のうち本件土地部分四三坪を右道路敷として広島市に寄付することとなり、広島市はこれら寄付を受けて後間もなく同市の昭和三三年度失業対策事業として右工事に着手し、同年一二月ころ幅約四メートル延長一七六メートルの農道拡幅工事を完了して昭和三四年一月ころより地明農道として拡幅部分につき附近住民ら一般の供用を開始するに至り、その後引続き今日まで(但し一部は後記国道二号線バイパス用地となる)広島市において管理し現に補修もなして来ていること、(三)、ところで、訴外柿出正一ら六名が買受けた土地はもと前記のとおり田二筆であつたが、これは後に右柿出らが他に分売するなどのため、まず昭和三六年一一月九日地目を原野と変更し、翌一〇日従前の七四三番二を七四三番二と七四三番三に分筆し、次いで昭和三七年一二月一五日右七四三番二に前記七四四番を合筆したうえ、これをさらに同日七四三番二(一四二平方メートル-四三坪、本件土地)と七四三番四、七四三番五、七四三番六に分筆し、そしてそのころ、右柿出正一ら六名買受けの土地三三九坪のうち農道敷として寄付した右本件土地を除く残余はすべて訴外石川潔身、同上西弘、同北川政男らに坪二万円等の相当の時価で柿出正一ら六名売主となつて各分売し、その都度各利益分配もなしていること、などの事実が認められ、証人柿出正一の証言中右認定に反する部分は前掲他の証拠に照らし措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そうだとすると、本件土地は、訴外柿出正一ら六名が共同で買受けたものであるところ昭和三三年一〇月ころ広島市において右柿出正一ら六名から寄付(贈与)を受けて一応同所有権を取得(農地および登記の点は後述)するに至つたものと認められる。
本件土地が、右寄付を受けた当時現況農地であつたかどうかについては証拠上明らかでなく、成立に争いのない乙第一〇号証(登記簿謄本)の表題部地目変更らんの地目が田から原野に変つた原因日付は昭和一五年八月三〇日とされている記載からするとむしろ当時すでに現況原野ではなかつたかとみられる余地もないではないが、かりに当時現況も農地(田)であつたとしても、前記認定のごとき諸事情の下においては、少くとも広島市において道路として管理し一般交通の用に供する状況に至つたときに農地法所定の県知事の許可なくしても右所有権を取得するに至つたものと解するのが相当である。
三 ところで、本件土地はその後、<証拠省略>によると、訴外柿出正一がその単独所有名義のままになお残存していたことから、昭和四四年二月訴外中村一郎に代金一〇〇万円で売渡し、同中村一郎はその後昭和四六年一月一九日訴外増田登に代金二〇〇万円で売渡し、同月二三日柿出正一は同人から中間省略で増田登に所有権移転登記をなし、さらにその後、右増田登は昭和四九年一月二三日原告に代金一〇〇万円で売渡して同翌二四日その所有権移転登記を了している事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、被告は右各譲渡行為は通謀虚偽表示によるものである旨主張しているがこれを肯認するに足る証拠もない。
右所有権取得の経過につき、訴外柿出正一は本件土地につき右処分当時真実は持分六分の一の所有権しか有せず、したがつて、その後の譲受人らは本来右持分六分の一の所有権しか取得しない理であるが、本件土地の他の共同所有者らは柿出正一の単独所有名義とすることを承諾していたものであり、かつ、その後の譲受人訴外中村一郎、同増田登、原告らはいずれも右柿出正一が単独所有者でないことを知つていたと認めるに足る証拠もないので、それぞれ善意の第三者として民法九四条二項の法理により本件土地の全所有権を一応取得するものと解することができる。
そうだとすると、右事実関係からして、広島市は本件土地につきすでに所有権移転の登記を有する原告に対し前記寄付による所有権取得を主張しえないかのごとくになる。
四 しかし、被告は、原告はいわゆる背信的悪意者であつて右登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者ではないと主張するので、次にこの点につき検討する。
前掲各証拠のほか、さらに<証拠省略>、弁論の全趣旨を合わせ勘案すると、(一)、広島市は前記農道を開設して後これを管理しているうち、昭和四一年一〇月ころ被告が起業者として施行する国道二号線西広島バイパスの道路敷として本件土地の約北半分の使用を承諾(使用貸借)し、被告において昭和四二年右バイパス建設工事に着手し、昭和四六年同工事を完了し、所定の手続を経て同年八月一一日から右バイパスとしての供用を開始するに至り、国道主要幹線道路として現に多数の交通に供し今日に至つているものであること、(二)、他面、広島市は前記農道敷として寄付を受けた当時同市旧市内には本件地明農道のほか多くの新設拡幅の農道もあり職員の不足もあつたりして未登記のままであつたところ、広島市としても昭和四二年、三年ころになつて柿出正一に強く右所有権移転登記を求めるようになつたが、柿出正一もすでに寄付後一〇年近くも経過していることなどから、たやすくは右登記に応じなくなり、却つて広島市に対し右寄付はしていないからその買収または補償金の支払をなすよう求めるようになり、これに応じない場合は他に転売するかの様子も示し、広島市もこれに応じがたいまま困惑しているうち、柿出正一は前記のとおり訴外中村一郎に、次いで同人は訴外増田登に順次各売却し、同訴外人らはいずれも本件土地が広島市の所有管理する道路であり、かつ、その半分は国道バイパス用地として現に工事中であることを知りながら転売利益などのため各買受け、そしてその後、右増田らも思うにまかせないうち、さらに今度は柿出正一の仲介で不動産業を営む原告に売渡すこととし、原告も右事情を十分知悉しながら、偶々広島市に登記が移転していないことから廉価に買受けたうえ広島市に代替地の要求をするなどして多額の利を得ように考え、時価一〇分の一にも満たない代価で前記のとおり増田登から買受け所有権を取得するに至つているものである事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで、これら各認定事実からしてみるに、本件土地は、訴外柿出正一らの強い要望に従いそれらの利便のために広島市がその費用を投じ附近所有土地の一部寄付を受けて道路として拡幅、整備をなすに当り、柿出正一らから寄付を受けたもので、右農道開設後現に柿出正一らもその所有する隣接の残余の土地を高額で他に転売して利を得ることができたものであり、偶々広島市に登記手続が遅れているのに乗じ、その登記義務の履行にたやすく応じないのみか、なおもこれにより利を得ようと画策し、訴外中村一郎、同増田登の後、原告も、柿出正一の仲介でこれらの事情を十分知悉しながら相呼応して右買受け、同登記に至つているものであつて、かような原告は、登記が通常の取引関係における第三者の信頼を保護しようとするものである趣意に照らし、いわゆる背信的悪意者ともいうべく、とうてい登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者とは解せられないところである。そうすると、原告は、本件土地につきなお未登記である広島市および同市から使用貸借により一部使用中の被告に対しても、すでに登記を有することにより同所有権を主張することはできないものというべきである。
三 よつて、原告が被告に対し本件土地の所有権確認を求める本訴請求はさらにその余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺伸平)
別紙目録<省略>